アラムナイ・ストーリーズ第8回 – 蛭子慶太さん
今月の同窓生は2002年に理学科を卒業した(ID2001)蛭子慶太(えびす けいた)さんです。
「ICUでの最初の思い出は、入学式の翌日に受けたTOEFL。私は散々な結果だった一方で、高得点をとっている人を見て、あんな難しい英語のテストであんな高得点を取る人がいるなんて・・・、と最初のカルチャーショックを受けるとともに、今後4年間の大学生活に不安を感じたのをよく覚えています。TOEFLの結果を基に割り当てられる英語のクラス(ELP)は案の定一番下のProgram A。英語のできるICU生という世間一般のイメージにコンプレックスを抱きつつ、1年時のELPの課題に取り組んでいました。その当時は想像すらしませんでしたが、その時に学んだ英語エッセイの書き方は、後に大学院に進んだ時、そして論文を書くことが主な仕事の一つとなっている現在でも礎となっています。
大学2年時には、Sophomore SeaプログラムでUniversity of Califonia, Davisへ留学しました。初めてのアメリカ生活、そして大規模な総合大学でのキャンパス生活は、ICUのキャンパス生活とは異なるものでした。色々な思い出がありますが、その後の進路選択に影響したのは数学の微分方程式のクラス。担当した教授の研究分野が人口動態で、数学の応用分野にはそういう分野もあるのか!と魅了されました。実は現在住んでいる所はDavisから車で1時間ほどの所で、仕事でUC Davisの研究者の方と関わることが多いのには不思議な縁を感じます。
ICUに戻ってからは、NS(理学科)の数学専攻だったこともあり、理学館(N館)での授業が増えました。一方で、宗務部でアルバイトを始めたためD館で過ごす時間も増えました。N館の2階・D館の1階にはそれぞれホールがあり、日中は学生で賑わっているのですが、夕方以降はガランとした寂しい雰囲気になります。でもそんな静寂な雰囲気が意外と好きで、記憶に残っているICUの風景でもあります。N館とD館を往復する合間には、C-Week(キリスト教週間)の運営に携わったり、Pan-Palという中国残留婦人の方々、そしてその親族の方々を対象とした生活相談や日本語教室のボランティア活動にも参加しました。
ICUで最後の学年となった時、より実用的な数学を勉強したい、特に健康・疾患に関わる数理モデルを研究したいと思い、公衆衛生大学院の生物統計専攻に進学することを志望しました。今でこそデータ・サイエンスの一分野として注目されている分野ですが、当時日本で生物統計の大学院課程はほとんど無く、選択肢の多かったアメリカの大学院に出願するためTOEFLやGREという共通試験を受けました。GREの勉強には色々手を焼いたのですが、結局Yale大学院の修士課程に進学。夏にはプログラムの一環でタイの国連アジア太平洋経済社会委員会(UNESCAP)でインターンも経験しました。インターン終了後は健康に関する統計研究に更にのめり込み、修士課程進学時には全く考えていなかった博士号の取得もしました。
2016年からはサンフランシスコ対岸のバークリーに引っ越して、カリフォルニア環境保護局という州政府機関で研究者として働いています。主な仕事は、PM2.5などの大気汚染が健康に与える影響を研究しその結果を論文として発表すること、そして同じ分野の他の研究者の論文をまとめ、現在の大気汚染規制が実際に健康を守るために機能しているのかを評価し、州政府に報告することです。ICUの頃から興味をもっていた分野で、現在も研究を続けることが出来ているのは本当に恵まれていると感じています。
ICU卒業生には日本国内よりも海外でよく出会う、と誰かが冗談交じりで言っていましたが、実際、ニューヨークで、サンフランシスコで、そしてバンコクで多くのICUの同窓生に会いました。現在も時間の許す限り北カリフォルニア支部の同窓会には参加しているのですが、卒業以来会っていなかった友人と驚きの再会をする一方で、IDの違う方々とも親しくさせて頂いています。小規模でユニークなキャンパス生活を過ごしたという共通項が、心地よい親近感を与えてくれるのだと思います。
ICUでは色々なことを学び得ました。それは、英語の書き方であったり、学問へアプローチするための根幹となる教養であったり、あるいは、現在でも仲良くしているセクメや同窓生との一期一会の出会いであったりするのですが、その中でも強く印象に残っているのは、様々な観点から物事を立体的に俯瞰し考察する機会を日々与えられたことです。キャンパスで色々な興味・バックグラウンドを持つ人と交流しているうちに、自然と物事の多面性に気付かされました。
立体的に俯瞰して考察した後に何をするべきか決断するのは、迷いを伴う難しい場面なのですが、そういう状況で思い出す言葉を最後に紹介したいと思います。この言葉はICUの副学長を務めている森本あんり教授が授業中に紹介したニーバーの祈りの一節です。今でも折に触れてこの言葉を反芻して、物事に真摯に向き合っていこうと思い起こさせてくれます。
『神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。
変えるべきものを変える勇気を、そして、
変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えて下さい。』」
蛭子さん、ありがとうございました!