ICU生ジョンソン直哉さんインタビュー:米国で27年間服役した男性の冤罪を晴らす
昨年11月末にICUを訪れた際、教養学部4年生のジョンソンさんをインタビューしました。ジョンソンさんは3年次にジョージタウン大学に留学し、マーク・ハワード教授とマーティ・タンクレフ教授が指導する「Making an Exoneree」(「冤罪を晴らす」)という授業を受講しました。この授業は冤罪被害者への支援を通して法律を教えるもので、ジョンソンさん他留学生2人のチームが、無実の罪で27年間服役していたヴァレンティノ・ディクソンさんの潔白を証明しました。2018年11月、ディクソンさんはジョージタウン大学で公開講演を行い、ジョンソンさんはパネリストの一人として参加しました。
ディクソンさんの事件の経緯やジョージタウン大学での公開講演とパネルディスカッションのビデオはこちらでご覧いただけます。
ポール・ヘイスティングス(JICUFエグゼクティブ・ディレクター。以下PH):最初に、生い立ちやICUでの専攻など、自己紹介をしていただけますか。
ジョンソンさん(以下NJ):私の母は日本人、父は米国人です。金沢で生まれ、生後3か月でインディアナ州に移りました。5歳の時に日本に戻り、最初は奈良、その後島根に短期間滞在し、やがて東京に落ち着きました。日本の小中学校を経てICU高校に入学しました。現在は政治学を勉強していますが、最近は哲学と神経科学に興味を持ち始めました。
PH:ジョンソンさんはジョージタウン大学に交換留学されましたが、留学を検討された理由は?また、ジョージタウン大学を選ばれたのはなぜですか?
NJ:2017年8月から2018年5月までジョージタウン大学で学びました。私は政治理論、特に公正で良い社会のあり方について興味を持っています。長く日本で過ごしたこともあり、日本との比較も兼ねてアメリカの政治と社会を掘り下げて学びたいと考えました。ジョージタウン大学は国際関係と政治学が有名で、自分の関心に合っていると思いました。
PH:ジョージタウン大学での経験について教えてください。ICUと比べていかがでしたか。
NJ:総じて素晴らしい経験でした。寮の内外で多くの友人を作ることができました。学業面では厳しく、慣れるまで少々時間がかかりました。理論だけでなく、物事の実情を学べて、ワクワクしました。歴史、哲学、米国の行政構造などについて学びましたが、ワシントンDCに住んでいたので、政府がうまく機能する場合としない場合をリアルタイムでフォローできました。
ICUでは、どの程度真剣に学び、積極的に授業に参加するかは、各学生次第という印象がありますが、ジョージタウンではどの学生も真剣に取り組み、積極的に貢献することを要求されました。必死に勉強して準備し、授業に参加できるよう努力しなければなりませんでした。
PH:ヴァレンティノ・ディクソンさんは無実の罪で30年近く服役していましたが、ジョンソンさんが受講していた講座を通して潔白が証明されたのですよね。
NJ:そうです。ディクソンさんは 2018年9月19日に釈放されました。
PH:背景を説明していただけますか?この講座の内容と、ジョンソンさんご自身の関わりについて教えていただけますか?
NJ:ジョージタウン大学のマーク・ハワード教授がPrisons and Justice Initiative(刑務所と正義イニシアチブ)というプログラムを実施しておられます。ハワード先生は刑務所の改革や刑事司法制度についての講義を教えていらっしゃいます。私は2017年の秋学期に彼の「刑務所と刑罰」を受講し、翌年の春学期に15人のみが受講できる「刑務所制度改正プロジェクト」の受講を認められました。学生は3人編成の5グループに分けられ、それぞれに一人の受刑者が割り当てられました。どの人も、冤罪で服役していると考えられる人でした。ハワード先生と共同でこの講義を受け持っておられたのは、ご自身も冤罪の被害者であるマーティ・タンクレフ先生でした。
この講座では、各グループに与えられたケーススタディがすべてでした。教室の外では、裁判所の膨大な記録を調べ、問題があると思われる記録の概要をまとめました。また、記憶力や証人尋問の専門家、私立探偵など多くの専門家に話を聞き、証言の有効性を確認したり、証人に直接インタビューできるよう彼らの居所をつきとめる手助けしてもらったりしました。
事件の調査に加えて、一般への啓発活動を行う必要もありました。冤罪事件は、世間の人々に知ってもらうことが非常に重要であることを知りました。さらに、事件に直接関わっていた弁護士や地方検事をインタビューする機会も得ました。
毎週の授業では、各グループが互いの進捗状況について報告し合いました。専門家が教室を訪れ、様々な戦略や技法について話してくれたこともありました。
PH:ディクソンさんの事件について、話していただけますか。
NJ:はい。この事件は、ニューヨーク州バッファローで起こりました。深夜、人気のあるバーの外で起きた銃による殺人事件で、ディクソンさんは1992年に有罪判決を受けました。しかし、この事件にはいくつも問題点がありました。まず、証人の一人は、飲酒していた上にドラッグも使用していました。もう一人の証人は、検察に圧力をかけられてディクソンさんに不利な証言をしたと後日認めていました。さらに、実際に発砲した人間が、事件後にそれをテレビで公言していたのです。これらの問題があったにもかかわらず、ディクソンさんは有罪判決を受け、再審の機会も得られずにいました。このような事情から、私たちは事件をもっと一般の人々に知ってもらう必要があると感じたのです。
受刑中ディクソンさんは、絵をよく描きました。ゴルフをテーマとする絵を描き続け、2012年には雑誌「ゴルフダイジェスト」にディクソンさんの作品が掲載されました。それは、事件を一般の人々に知ってもらうきっかけとなりました。私たちのチームはウェブサイトを立ち上げ、事件の経緯を説明するビデオを撮影しました。またディクソンさんを支援するオンラインの署名活動も始めました。
PH:この経験を通して、米国の刑事司法制度についてどう感じましたか。
NJ:米国における冤罪の割合は1 ~6パーセントですが、1パーセントでも多すぎます。毎年、潔白が証明されて釈放される人数はわずか160人ほどです。DNA鑑定などの証明があって釈放される人々は、わずか一握りなのです。
規則自体に問題がある場合もあります。例えば、特定の犯罪に対する刑罰が罪に不釣り合いなほど重いこと。また、米国では特定の人種の受刑率が異常に高いという問題点もあります。法を執行するのは人であり、完璧な人間はいません。問題のある決断を下す検察や裁判官も存在します。
しかし幸い、米国では刑事司法制度の改正が必要であるとのコンセンサスが形成されつつあります。冤罪を減らさねばいけないと誰もが思っているのです。
PH:最後に、留学生活と、この経験を通して、将来進みたい方向が変わったと思いますか?
NJ:はい、確実に変わりました。具体的に何をしたいかはまだ分かりませんが、この経験を通して、意思決定を影響する要素、政治一般に対する興味がより深まりました。卒業後は1年間休みをとり、米国の大学院へ進みたいと思います。
PH:貴重なお話をありがとうございました。