JICUF助成金受賞者スポットライト:渡邊宮子さん「日本におけるインクルーシブ教育」に関する研究
今回は2023年春学期の助成金を受賞したICU学部生の渡邊宮子さんに受賞プロジェクト「日本において実現可能なインクルーシブ教育のデザイン化に向けて 〜一人ひとりに寄り添う教育を〜Towards the Design of Feasible Inclusive Education in Japan — Education that Embraces Each Individual」についてお話を伺いました。
インクルーシブ教育とは、「多様な子どもたちが地域の学校に通うことを保障するために、教育を改革するプロセスであり、国籍や人種、言語、性差、経済状況、宗教、障害のあるなしにかかわらず、すべての子どもが共に学び合う教育」のことです。
JICUF:渡邊さんは現在インクルーシブ教育をテーマに研究を進めていますが、インクルーシブ教育に興味を持ったきっかけは?
渡邊さん:ICUのサービス・ラーニングという授業の活動の中で、海外では日本と違うインクルーシブ教育をしていることを学んだことがきっかけです。元々、インクルーシブ教育という言葉自体はICUのAO入試の面接で知りました。私が通っていたりんごの木子どもクラブという無認可保育施設(以下、りんごの木)のことを書いた小論文に関して、面接官がインクルーシブ教育という言葉を交えた質問をしてくれたことで知りました。りんごの木では1歳半〜6歳までの子どもがおり、障がいのある子も、そうでない子も一緒に過ごしています。その後、授業や活動の中でインクルーシブ教育について知り、より興味を持ち始め、1年の冬学期にインクルーシブ教育をテーマにして、りんごの木でコミュニティ・サービスラーニングを行いました。りんごの木では障がいのある子も一緒に通っていましたが、小学校にあがり普通級、特別支援級、特別支援学校と分かれてしまうことに疑問を抱き、インクルーシブ教育を探るようになりました。
JICUF:渡邊さんは、大阪府豊中市立南桜塚小学校でインクルーシブ教育を実践していることを知り、昨年初めて南桜塚小学校を訪問されましたが、その時の体験についてお聞かせください。
渡邊さん:TBSの報道特集「インクルーシブ教育が変えるもの」で大阪府豊中市でインクルーシブ教育を行っていることを知り、現場を見てみたいと思うようになりました。作業療法士の母が東洋大学客員研究員の一木玲子氏と知り合いで、話をしたところ、一木氏が豊中市の南桜塚小学校に勤めている先生に連絡をとってくださいました。その後校長先生の許可もいただき、訪問することになりました。校長先生はとても明るく、快く受け入れてくださったのを覚えています。小学校を初めて訪れた日は驚きと感動の連続でした。私は小学校から障がいのある子と離れ離れの環境で育ったため、医療的ケアを必要とする児童や視覚障がい児、ダウン症児、発達障がい児、外国語話者の児童らが共に学んでいる南桜塚小学校の環境は夢のようでした。南桜塚小学校では障がいのある生徒は在籍上は支援級ですが、普通級の生徒たちと同じ空間で学んでいます。昨年は教室から出ている児童*のサポートを主にしており、見守りや課題のお手伝いなどをしました。はじめは学校での立場や児童への声かけ(教室に戻るように伝えた方が良いか等)に悩みましたが、先生方の方針を探りながら、自分にできることをしようと思い、児童の気持ちに沿って接することを心がけるようにしました。(*教室に長い間いることを辛く感じる生徒は、教室を出て校長室やプレイルームで担任の先生からもらったプリントを解いたりすることができました。)
JICUF:今年はJICUF助成金を獲得して再び南桜塚小学校を訪問しました。昨年と今年ではどのような違いがありましたか?
渡邊さん:昨年の研修では全学年を幅広く観察し、南桜塚小学校で行われている教育を見ました。今回の研修では、全体的な取り組みを見ることに加え、特定の児童に焦点を当てることにしました。昨年との大きな違いは、焦点を当てたことによって児童一人ひとりの成長が感じられたことです。今回は主に医療的ケアを必要とする児童のAさん、視覚障がい児(全盲)のBさん、今年から支援級在籍のCさんを観察しました。特にCさんの著しい成長を感じました。去年は教室から出ていることが多く、教室に戻るのを嫌がる姿が多くみられました。しかし今年は、自分から教室に戻ろうとする姿や教室内でも自分から頑張っている姿が見られました。その背景には、担任の先生や支援級の先生との信頼関係が構築されていたことがあったと考えられます。Cさんと先生方は1日の中で頑張ったことを共有しています。誰かに言われて頑張るのではなく、自分で頑張ったことを認識していること、さらに、先生や両親から褒めてもらうことがその子の自信に繋がっていると感じました。
JICUF:南桜塚小学校で実践しているインクルーシブ教育の長所と短所、課題は何だと思いますか?
渡邊さん:みなさん感じることは人それぞれだと思いますが、私が最も感じた長所は児童にとって南桜塚小学校の環境・教育が「当たり前」となっていることだと思います。それは、障がいのある児童にとっても、クラスメイトにとってもです。彼らは入学した日から一緒に育ち、授業を受け、過ごしてきて自然な関係性が作られています。障がいや国籍の違いの有無に拘わらず、「一緒にいるのが当たり前」となっている彼らからは障がいや違いという概念を感じません。例えば、Aさんのクラスで交流会がありました。鬼ごっこのような遊びにAさんがどのように参加するのか気になっていると、クラスメイトがAさんが乗っているバギーを「私が押す」と言って参加し始めました。大人から言われて行動するのではなく、いつも一緒に過ごしているからこそ、自然と自分からAが参加できる方法を探して行動に移しているのだと感じました。子ども同士の関係性は本当にかけがえのないものだと思います。その子の気持ちや性格、接し方をよく理解しています。
一方の短所(課題)は教員数がどうしても必要になる点だと感じます。南桜塚小学校では、特別支援学級在籍の生徒も通常級で学んでいます。そのため、クラスは担任と支援級の先生が配置された入り込みの体制で行っています。文科省では支援学級在籍の生徒に対し、週の授業時数の半数以上を目安として、特別支援学級でそれぞれの特性に応じた授業を受けるべきといった通知や、特別支援学級で半分以上学ぶ必要のない児童・生徒は、通常学級に籍を移すことを促しています。もし後者を行うとなると、通常学級に入り込みをしていた支援級の先生の人数がぐんと少なくなってしまい、さらなる人数不足を引き起こしてしまうと考えられます。一人ひとりに沿った教育を行うためには教員の数が必要になると考えます。
JICUF:生徒数が多く、教師が少ない都市部の学校でインクルーシブ教育を実践するのは難しく、課題がたくさんあると思いますが、まずは何から始めたら良いと思いますか?
渡邊さん:この質問を考えることは私にとっても課題となっている点ではありますが、まずは先生の理解を増やしていくことが大切ではないかと思います。生徒や教師と障がいを持った子ども等について話す機会の中で、どのように接したら良いかわからないという意見をよく聞きます。しかし一人ひとりの性格や障がい、言語が違うのですから悩むのは当然です。わからない状態から、理解しようと生徒と向き合い、障がいについて調べたり、その子について知ろうとする気持ちが大切だと感じています。2年間いろいろな現場を見てきたなかで感じたことは、「正解はない」ということです。障がいについても目安となるものはありますが、必ずしもそれが全ての児童・生徒に当てはまるとは限らないので、一人ひとりの特性を考える必要があります。また、1人で考えるのではなく、他の先生方と相談したり、連携をとりながら進めていくことも大切だと感じます。豊中では先生方やご両親、ソーシャルワーカーなど地域の機関が常に相談し、連携を取り合い、意見を取り入れながら一人ひとりに向き合っています。他者との協力がインクルーシブ教育を実施する鍵になると考えています。
JICUF:2年間インクルーシブ教育の現場を体験して、自身の研究テーマに変化は生まれましたか?
渡邊さん:まだしっかりとは決まっていませんが、現場を体験する中で発達障がいのある児童へのサポートをしたいと思うようになりました。2023年に文科省は通常学級に在籍する小中学生の8.8%に学習や行動に困難のある発達障がいの可能性があることを発表しました。ここで見られる課題は支援が追いついていないことだと感じています。発達障がいのある子には、教室から出たくなったり、教室にいることが辛くなる子たちもいます。理由は一人一人異なりますが、1つの理由として教室環境があると考えています。そこで、まず1つ目のステップとして合理的配慮がされた教室づくりをしていきたいと考えます。例えば、フィンランドのような誰1人取り残されない教室環境です。フィンランドでは障がいの有無に関わらずすべての子どもたちが通常の教室で合理的な配慮のもとに個別の教育を受けることが保証されています。聴覚過敏の児童用のイヤーマフ、視覚過敏の児童用の移動可能なパーテーション、椅子にずっと座ることが辛い児童が好きな時間に休憩できるソファーや、勉強しやすさを重視したバランスチェアなどが各教室に置かれています。
実際に南桜塚小学校でも発達障がいの特性を持った児童に対し、教室の後ろにパーテーションを作るなどの合理的配慮を取り入れたことで、昨年よりも教室にいる時間が増えた児童がいました。パーテーションのスペースには机と椅子があるため、自分の気持ちと相談しながら勉強する場所を決めることができます。豊中市の教育は私にとって最終的な目標です。豊中市の「共に学び、共に育つ」教育は50年の歴史があり、学校に対する市の協力も充実しています。実現は容易ではなく、時間とお金、そして市や行政サポートが必要になります。そのため、少しづつステップアップしながらインクルーシブ教育を進める必要があると考えています。もちろん、発達障がいも一人ひとりの特性は異なるため、合理的配慮がされた教室の土台を作った上で、一人ひとりに合わせた支援が必要になります。また、障がいの有無や国籍の違いに拘わらず、一人ひとりが快適に過ごせるにはどうしたら良いかを追求していくことで、それが当たり前となり必然的に過ごしやすい環境が作られていくのではないでしょうか。
JICUF:ほかに本プロジェクトを通じて感じたことはありますか?
渡邊さん:一番印象的だった出来事として、児童がインクルーシブ教育を理解していたことが挙げられます。南桜塚小学校は昨年から今年にかけてNHKなどのテレビ番組で取り上げられるようになりました。研究者は以前から通っていましたが、テレビ関係者や教育関係者などの見学者も増えているそうです。そういった環境の中で、児童たちは自分の学校が当たり前ではないのだと気づくようになっています。
Bさんと幼稚園から共に過ごしてきたクラスメイトはBさんについて、「一緒にいるのが当たり前で別れるのは嫌。中学校に上がって選択肢がないのは違うと思う。」と話してくれました。Bさんは地元の中学校に進学することが決まっていますが、もし選択肢がなかったら自分は嫌だと言っていました。
また、ある児童がもう1人の児童に「インクルーシブ教育や障がい者という言葉を聞いて引っかかるのは何?」と質問をしたところ、「障がい者を作る概念がわからない」と答えていました。今度は私から、障がい者ではなく何という言葉を作りますか?と聞いたところ、「みんな友達、みんな仲間、みんな友情」と答えてくれました。彼らの辞書には「障がい」という言葉がないのだと気づきました。さらに、その児童はインクルーシブ教育を広めていくことが目標になっていると話してくれました。彼らがインクルーシブ教育のことを理解していたことだけでも驚きですし、日本が分離教育を行っていることを理解した上で、自分たちのような学校を広げていきたいという意志があることに本当に驚き嬉しく感じました。自分ももっと頑張ろうと思いましたし、同時に彼らの将来がとても楽しみになりました。
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南桜塚小学校の取り組みは、NHKの番組に取り上げられました。こちらでご覧いただけます。