JICUF助成金受賞者スポットライト:ヨハン・ゼバスティアン・バッハ《ミサ曲ロ短調》クリスマス・コンサート
ICU宗教音楽センター長の佐藤望教授(音楽学)は、ICUにプロの音楽家を招き、バッハの最後の傑作の一つである 「ミサ曲ロ短調」をICUの学生と共に演奏するために、JICUFから110万円の助成を受けました。12月10日に行われるクリスマス演奏会に向けて、ICU生たちは数ヶ月間、プロと練習を積んできました。佐藤先生と、このプロジェクトに参加する数名の学生に、コンサートへの思いや準備の様子について伺いました。
JICUF: 今回のコンサートを企画されたきっかけは何ですか?また、ICUがクリスマス シーズンにこのようなコンサートを開催する意義を教えてください。
佐藤先生: バッハの「ミサ曲ロ短調」は、「Dona nobis pacem」(我らに平和を与えたまえ)という 言葉で締めくくられています。ICUは、戦後の荒廃した日本で、平和の構築に寄与する若者を育成するために、多くの方々の寄付によって設立されました。また、クリスマスは多くの人にとって、温かく楽しい時間です。しかし、暖かいクリスマスを過ごすことができない人もたくさんいます。このコンサートが、ICUの使命を再確認し、平和を祈って歌うことで人々が一つになる機会となることを願っています。
JICUF: 今回の演目にバッハの「ミサ曲ロ短調」を選ばれた理由は何ですか?演目 はどのようなプロセスで決められるのでしょうか?
佐藤先生: 「ミサ曲ロ短調」は、間違いなくバッハの最高傑作の一つです。音楽教師として、この音楽を後世に伝えていきたいと願っています。
また、バッハはこの音楽を通して、平和や団結といった大切なメッセージを必死に伝えようとしたのだと考えています。 今の世界では「Dona nobis pacem」という祈りが空虚に聞こえますが、それはバッハの時代も同じで、当時は宗派間の対立が絶えませんでした。しかも「ミサ曲ロ短調」を作曲したとき、彼は目の病気を患っていたそうです。しかし彼は、自分よりも偉大な何かに突き動かされるかのように、この曲を書き上げたといいます。
プロテスタントの作曲家であるバッハが、なぜカトリックのミサ曲を書いたのかは未だ明らかになっていません。依頼を受けたという証拠もないそうです。それでもバッハは
音楽を通じ、 「Dona nobis pacem」という力強いメッセージを私たちに残したので す。
JICUF: 今回のプロジェクトでは、学生たちが数ヶ月にわたってプロの音楽家と共にこの曲に取り組み、練習を重ねました。このような交流は、大切だと思われますか?
佐藤先生: プロは、純粋で美しい音を追 求し、一生をかけて自分の音楽を完成させます。ICUの学生の多くは音楽的才能に溢れています。そんな学生たちに、音楽家が追求する本物の音を感じてほしい、音楽が言葉にならないものを語り、人と人をつなぐことを体感してほしいと考えました。
JICUF: ウクライナ戦争、COVID-19の流行、悪化する経済状況など、世界は今、様々な危機に直面しています。出演者や来場者に、ど のようなメッセージを伝えたいですか?
佐藤先生: ICUの立派なオルガンは、1970年に建設されました。当 時は学生運動が盛んで、ICUでも破壊と暴力が日常的に繰り広げられていました。しかし、学生運動家は決してオルガンには触れませんでした。彼らは、オルガンを平和のシンボルと捉えていたのかもしれません。
オルガン音楽は、人々の心を和ませ、平和の精神を育みます。今回の公演では、素晴らしい音響のチャペルでオルガンを使用し、ICU生とプロの音楽家が協力して、ICUならではの音色を奏でます。この演奏の模様をインターネットを通じて全世界に配信することで、音楽を通じてICUから平和のメッセージを発信できればと思い ます。
JICUF: 学生の皆さん、プロの音楽家と一緒に曲に取り組んでみて、いかがでしたか?音楽の道への情熱を駆り立てられるなど、刺激を受けましたか?
山田 未侑さん (ID23): プロの方々と一緒に練習するのは非常に楽しかったです。彼らの技術、情熱、姿勢、そしてもちろん人柄、それらすべてが生き生きとした、本物の音楽を作ります。そんな演奏に触れたとき、私たちも心から演奏したいという気持ちになり、その瞬
間を楽しむことができます。最近、学外で合唱団に入団し、しばらくそこに所属する予定ですが、この経験もきっと私に刺激を与えてくれるはずです。
安田 菜々花さん (ID25): 「アマチュア」という言葉があるように、音楽は誰でも奏でることができます。しかし、 日常的に趣味として楽しんでいるものにプロと一緒に取り組む機会はなかなかありません。私はICUグリークラブに所属していますが、今回の共同プロ ジェクトを通じて、技術も年齢も異なる多様な人たちと、異なる楽器や音色を一つにして演奏できることを幸せに思っています。もちろん、これだけ多様な人たちが協力してひとつの音楽を作り上げるのは簡単なことではありませんが、このような経験は新しい発見や学びの機会を与えてくれます。今回の経験で、普段の環境から一歩外に出ることがいかに有意義なことか、身をもって実感しまし た。今後の音楽活動へのモチベーションも高まりました。
位田 隼琉さん (ID 25): 今回の機会が、音楽家としてのモチベーションを高めてくれたことは間違いありません。このプロジェクトに参加できたことを、非常に光栄に思います。合同練習やコンサートはまだこれからなので、プロの方々と共に仕事ができることを楽しみにしています。
幼い頃にピアノを弾き始め、音楽を演奏したり聴いたりすることが大好きで、音大に進学しようと思ったこともありました。しかし、学業を追求するために進学先として選んだのはICUでした。プロの音楽家になるのは現実的でないと思っていました。ICUグリークラブにバスとして入部し、2年生になったときに佐藤先生からこのプロジェクトへのお誘いをいただきました。思いがけないことで、諦めていたこのような機会を与えていただき、とても嬉しく思っています。
JICUF: 今回のコンサートを準備する上で、最も大変だったことは何ですか?また、最もやり がいを感じたことは何ですか?
山田さん: このプロジェクトを始めたとき、学生合唱団のメンバーのうち、おそらく半数以上が初心者、あるいは大学に入ってから合唱を始めた人たちだったので、バッハのミサ曲という大作に取り組むことは、それ自体が大きな挑戦でした。ミサ曲は、数百年前に建てられた荘厳な大聖堂に立っているような気分にさせられる、壮大で華やかな作品です。その一方で、多くの音楽的要素が複雑に絡み合う繊細な構成のため、ミノタウロスの迷宮をさまよっているような気分になることもあります。 私たちはこの作品に取り組み、ついにこの美しいチャペルで演奏するところまできまし た。、困難ではありましたがやりがいに満ちたプロジェクトで、参加者全員が誇りに思える忘れられない経験になったと思います。
安田さん: どんなコンサートでもそうですが、音楽活動で一番難しいのは、それぞれの演奏者が理想とする音楽のイメージをすり合わせることです。感情的な音楽であるほど、「理想の音楽」とは何かを言葉で表現するのは難しいのだと思います。また、ミサ曲は、「キリエ」「グローリア」「サンクトゥス」など、決まった歌詞の曲で構成されています。歌詞のみから曲の理解を深めるのは容易ではありません。このような状況で、音の動きや重なりから曲のイメージを膨らませることができたのは、これからの音楽活動にとって非常に意味のあることだったと思います。
クラヴェール 豊レオンハルトさん (ID25): この曲を演奏する際の主なな課題のひとつは、バロック時代の演奏スタイルを練習することでした。現代作品とは演奏技法にかなりの違いがあり、現代の楽器で演奏する場合はさらに注意が必要です。バロックの楽器との構造上の違いや、それに起因する音の違いを補わなければならないのです。また、バロックの楽譜には、装飾音、強弱記号などの演奏記号がほとんどなく、指によるビブラートも表現的な節にしか使われないため、練習では音作りに一層の注意を払い、それぞれの音をどう表現すべきかを理解することが不可欠でした。
最もやりがいを感じたのは、プロの音楽家と一緒に演奏することです。彼らの演奏や音楽に対する深い思いに、敬意を持ちました。また、幼い頃からヴァイオリンの練習に明け暮れたことが、このような機会につながったことに大きな喜びを感じています。
位田さん: このプロジェクトの大きな課題は、バッハの楽曲が技術面でも表現面でも全体的に難易度が高かったことです。全員に求められる音楽的レベルは、通常の部活動よりもはるかに高いものでしたから、非常に大変でした。しかし、皆と一緒に歌って素晴らしい音色を生み出すとき、自分の体全体が音楽と一体化するような感覚を味わえるのです。それこそが、 私にとって最もやりがいを感じる瞬間でした。
JICUF: この曲をどんな気持ちでで演奏していますか?また、観客にどのような感情や感動を伝えたいですか?
山田さん: 私はこの作品を演奏するとき、主に2つの感情を抱きます。ひとつは、バッハのもうひとつの名作「Matthäus-Passion(マタイ受難曲)」の題名にもある「情熱」です。「情熱」とは、音楽への強い思いであると同時に、十字架にかけられたキリストの苦悩でもあります。ミサ曲は、歌詞が数語しかない「キリエ」で始まります。「Kyrie eleison」、つまり「主よ、憐れみたまえ」という歌詞です。この歌詞は、ポリフォニーの憐れみを帯びた旋律にのせて歌われ、ある種の嘆きを表しています。もうひとつの感情は「喜び」です。華やかで喜びに満ちた祝福の言葉をメロディに乗せて歌うことからくる感情です。この音楽から伝わる「喜び」が大好きです。観客の皆様には、「情熱」 や「喜び」だけでなく、この音楽が何世紀にもわたって演奏され、愛されてきた歴史と、愛され続けるであろう未来も感じていただければうれしい です。
安田さん: 「ミサ曲ロ短調」が何百年も前にバッハによって作曲され、今なお受け継がれていることに心から感動しています。コロナウィルス感染症の脅威はまだ去っていませんが、このような貴重な演奏の機会に参加できること、そして演奏会が開催できることに喜びと感謝の気持ちでいっぱいです。バッハが何を考えて「ミサ曲ロ短調」を作曲したのか、また他の演奏家がどのような思いで演奏してきたのかを、知ることはできませんが、私はこの曲にロマンを感じ、演奏する機会を与えられたことをこの上なく光栄に思っています。コンサートにお越しになる皆様には、この曲を耳で感じるだけでなく、チャペルの風景など、旋律以外の要素も目と心で感じていただけたらと思います。コンサー トに関わったすべての方に感謝します。
クラヴェールさん: 演奏中の感情は、とても言葉では表しきれません。コンサートにお越しくださる方々には、私が演奏を通じて表現しようとする誠実な思いを感じ取っていただけたらと願っています。
位田さん: 率直に言って、この曲を歌っていると、心から幸せな気持ちになるんです。どのキーで、どの歌詞を歌っていても、音楽の一部になれることに喜びを感じずにはいられません。この喜びを是非観客の皆様にも感じていただきたいです。もちろん、「ミサ曲
ロ短調」自体が、「Dona nobis pacem」(平和を与えたまえ)という言葉に代表されるように、厳粛で意味深い曲ですから、そのメッセージは伝えたいです。それと同時に、私たちのこの音楽への愛情や喜びも感じて、演奏を楽しんでいただきたいと思っています。コンサートで素晴らしい体験を皆様と共有できることを楽しみにしています。
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2022年12月10日、ICUチャペルにてクリスマスコンサートを開催します。チケットは完売しました。コンサートのライブ配信はこちらでご覧いただけます: https://office.icu.ac.jp/smc/en/news/2022/12/christmas-consert-2022.html.